注文していたスズキナオさん初となる待望の単著「深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと」が届いた。
そりゃもうめでたい。
本のタイトル「深夜高速バスに~」は、一番最初に掲載されている記事からとったものであり、この本一冊全部が深夜高速バスに関する話という訳ではない。
記事の一覧は、発行所であるスタンド・ブックスのサイトや上記のアマゾンに載っている通り、そりゃもう盛りだくさん。人、店、旅、調査、酒、散策にまとめられた各章ごとに4~6本が収録されている。
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第1章 さっきまで隣にいた人がまったく関係ない人になって消えていくその瞬間がいつも不思議だーー人
第2章 今、自分が居心地いいと思える場所を探して、少しでも長くその空間を味わって記憶しておけるように、きっとこれからも歩き回るのだーー店
第3章 目的地まで移動してる時というのは、人間にとって一番の許された時なんじゃないかーー旅
第4章 偶然の出会いを活かし、半額肉だけで焼肉パーティーをやってみたら楽しいのではないかと、ふと思ったーー調査
第5章 この店で過ごす時間は、新型のスマホと違って並べば手に入るものではないのだーー酒
第6章 私が知らなかったこの町は、こうしていつもここにあった。私がいなかっただけだったのだーー散策
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副題の長さがすごいよね。BUCK-TICKの「見えない物を見ようとする誤解 全て誤解だ」という曲名に通じるかもしれない独特の世界観。さすが。そしてこのスズキナオワールドに引き込まれていく魅力的な副題は、当然記事からの引用である。
ではなぜこのように多様な内容の本が「深夜高速バスに~」というタイトルになっているのかという謎なのだが、それはまえがきに書いてあった。ここがちゃんと伝わらないと深夜バスマニア向けの本だと思われてしまう恐れがあるので、一部引用する。
『大阪に暮らして5年ほどになる。それまではずっと東京に住んでいた。東京で育ち、大人になって会社勤めをしていた。それが、30代も半ばになろうかというタイミングで大阪に引っ越すとことを思い立ち、会社を辞めてライター業を始めることにしたのだった。
~~略~~
本書に収めた文章は、大阪と東京を片道2000円台という低価格で結ぶ深夜バスに乗って行ったり来たりしながら、たまにそれ以外の土地にも出かけ、いくつかのWEB媒体に執筆したものが中心だ。
~~略~~
思うようにならず、息苦しさを感じることもある毎日の中で「まあ、まだまだ楽しいことはあるよな」と少しでも前向きな気持ちになってもらえたら嬉しい。』
ということで、彼が会社を辞めて大阪へと引っ越し、ライター業をはじめてから現在に至るまでの5年間で書かれた記事の総集編、スズキナオ・スーパーベストといえる本なのである。
「深夜高速バスに~」は、彼がライターとして過ごしてきた時間と移動した距離の象徴としてのタイトル。何の本かと聞かれれば、スズキナオの本なのだ。
実用書と言い切っている。
そんなスズキナオさんと私の出逢いは、デイリーポータルZというサイトで私が執筆した、「しみったれた先輩におごられるツアー」。
しみったれのおごりたがりの先輩と、それについていく万年金欠の後輩の関係を、男四人で順番に再現してみるという、今振り返ると、どうして思いついたのかまったくわからない企画である。
そのメンバーこそが、イベンターとしても大活躍の大坪ケムタ先輩、酒場ライターとしてブレイク中のパリッコ先輩、そしてパリッコが強く推薦してスズキナオ先輩だったのだ。2014年だから彼がライターとして執筆を始めたくらいかな。
ここで彼は「しみったれた先輩」という難役を、ケムタ&パリッコというツワモノに交じって見事に「素」で演じ切り、私の心をガッシリと掴んだのである。
ちなみに余談だが、この記事を書く前に担当編集者から「最近ちょっと記事が長いんで次は短めで!」みたいな注文があって、ですよねーって答えておいたんだけど、取材が楽しすぎてこのようなものすごく長い記事で納品した結果、担当者が「ま、長い記事も必要ですよね!」と諦めた経緯がある。そして私の記事は今も長い。
その後、スズキナオさんとの付き合い、いや私の片思いはずっと続き、ちょくちょくデイリーの記事に登場してもらった。特に彼が住む大阪での取材があれば必ず呼んだ。いや彼に会うために大阪で取材をしていたのかもしれない。
以下、思いつくものを並べる他にもあるような気がするけど。
彼が出てくる記事はどれも評判がよく、私もスズキナオさんの存在を書けることがとても楽しかったのだが、いつの日か編集部が「あれ、スズキナオさんもライターなんだから、本人に書かせた方がいいじゃね?」と気づいてしまい、パリッコおよびスズキナオはゲスト出演者からライター側となり、本人発信でヒット記事を連発したのだった。ばれたか、って思った。そして二人による酒場ユニット「酒の穴」や「チェアリング」での活躍ぶりはご存知の通り。
最近の私はスズキナオがリーダーを務めるバンド「チミドロ」のライブを、一ファンとして客席側から見ていたりする。ちなみにチミドロのメンバーは全員いい人ですごい。
ということで彼の本を読んだのだが、そこには紙の本で読める幸せが詰まっていた。なんでもない日々を少しぐらいは楽しくものにするための実用書と書かれているが、まさにその通り。
例えば深夜バスの選び方を説明するくだりだったら、「私はなんとしても交通費を節約したくてバスを選んでいるので、もうとにかく一番安いものに乗る」という強烈なパンチライン。今も昔も愛すべきしみったれだという確信にニヤリ。私も四列シートの深夜バスで旅に出たくなった。いや、やっぱり新幹線のこだまかな。
彼の記事は、本題に入るまでが長い。私もだけど。例えば昼スナックという店の取材だったら、普通はすぐ店の説明に入るけど、彼はなかなか店に入らない。なんだか入りにくいからとその辺をウロウロして、それがそのまま文章になる。
この普通のライターなら削ってしまう部分、あるいは取材時にそもそも存在しない部分こそが、彼の記事で一番好きだ。こちらは店の情報が知りたいんじゃない、スズキナオが体験したその場の空気感、彼の葛藤や興奮、一期一会の出会いをのぞき見させてほしいのだから。
なんとなくフードコートで読んだ。
ウェブの記事をまとめた本というのは、基本的にはネットで見られるし、写真は小さい白黒になっちゃうし、それなのに有料なので、わざわざ買う必要はあるのかなと思うかもしれないが、スズキナオの文章は縦書きで製本されたものを手に持ち、その世界に集中して読んでこそだとはっきりとわかった。
写真を挟むことなく(文の下に解説的に白黒写真が載っている)、リズム感のよい文章に集中して続けて読むことで、頭の中にスズキナオの世界がじんわりと広がっていく快感。文章だけで全く飽きない。具に頼らないラーメンみたいな凄み。薬味程度の白黒写真でもう十分。読んだ覚えがある記事がほとんどだったけど、意外と内容までは覚えていないから大丈夫だ。
イカすバンド天国という番組で見たマルコシアスバンプというバンドのCDを買って、その音楽をステレオの前で正座して聞いたことを思い出した。
まえがきにはじまってあとがきで終わる、一つの作品としてのまとまり。ネットの世界に散らばっている無料のスズキナオではなく、めでたく本という形になった有料のスズキナオをぜひ手に入れてほしい。
リンガーハットで麺を2倍にしたら多すぎた。
スズキナオ、本名は『鈴 喜納男』。
喜びを納める男。いや、うそだけど。
「スズキナオ」というフルネームで呼ばれがちな彼を「ナオさん」とか「ナオくん」と呼ぶ人はいるけど、「鈴木」と呼ぶ人を見たことがない。今度逆に呼んでみようかな。
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