※『地球のココロ』というクローズしたサイトで、2009年8月12日に掲載した記事の転載です。
魚の干物というと、元々は腐りやすい魚を保存するために誕生した加工法のように思うのだが、流通の発達によって生のままの魚がどこでも手に入る世の中になった今でも、干物は廃れることなく食卓に登場している。なぜなら干物はうまいからだ。では生の魚を干物にすることで、どれくらい味が変わるのかというのを、自分で干物を作ることで確かめてみたいと思う。
干物作りは魚釣りから
ところで干物というのは魚の加工方法の中でも一番古い歴史を持っていて、日本における干物のはじまりは縄文時代からといわれている。さらに世界へと目を向ければ、古代エジプト人が魚を開いて干物を作っている様子が、5100年前の壁画に描かれているそうだ。
そんな長い歴史のある干物を作るためにやってきたのは、妙典にある伊藤遊船という釣り船屋さん。最上の干物を作るためには、とびきり新鮮な魚を、いやいっそ生きた魚を手に入れるべきと考えたのだ。まあ単に釣りに来たかっただけともいうが。
今シーズンもう4回目のシロギス釣りだぜ。
本日、干物を作るために私が乗る船は、シロギスという魚を釣る乗合船。シロギスという魚はよく天麩羅で食べられることが多い小型の魚だが、その淡白な白身は塩焼きや干物にしてもうまいのだ。
本当は干物といえばアジだろうということで、アジ釣りの船に乗ろうと思ったのだが、前日から吹き荒れる風の影響で休船となってしまったという罠。
3種類の魚を確保
船着場の時点でかなり風があったのだが、沖に出たら予想以上の強風とうねり。もう少し風が強かったらシロギス船も休船だったんじゃないかという悪コンディションではあったが、どうにか20匹ほどのシロギスと、かなり小型のイシモチ、アジを釣ることができた。
これがシロギスという魚です。
元々今日はアジを釣りたかったのでうれしい一匹だ。
アジはもちろんだが、イシモチだって干物でおいしい魚である。悲しいことに干物にしたらオママゴトかよっていうくらいに小さくなってしまいそうなサイズだが、食卓がシロギスばかりというのも寂しいので、キャッチアンドイートの精神でありがたく干物にすることにした。
上からシロギス、アジ、イシモチ。
干物の作り方は超簡単
干物作りというのは、作ったことのない人にとっては難しいイメージがあるかもしれないが、作ったことのある人にとってはこれほど簡単なものはないという加工方法である。
まず包丁の背で鱗をとった魚を、背中からでもお腹からでもいいから開き、内臓を取り出してよく洗う。魚を洗うのに使っているのは海の上なので当然海水である。それって衛生的にどうなのさという話は自分で食べるだけなので気にしない。きっと海の塩味が染みておいしくなるはず。
今回は背開きにしてみました。
ごめんなさい。さっき干物は簡単といいましたが、魚を開くのって慣れないとちょっと難しいですよね。特に船の上でやると揺れて危ないです。
もしこの記事をみて干物を作ってみたいなと思った奇特な方、この工程は飛ばして魚屋で切り身とか三枚に下ろしたやつを買ってくるといいですよ。でも魚をさばくのはやってみると楽しいので、やっぱり自分で捌いた方がいいです。
魚が捌けるようになるということは、自分の趣味にぴったりとくる本に出逢うくらいに、今後の人生にとって有意義なものなのです。
魚を塩水に漬けこむ
無事に魚を捌いたら、次は塩水に漬けこむ作業。干物作りは魚に直接塩を降る方法と、塩水に浸ける方法があるけれど、後者の方が簡単でおすすめ。海の上だと海水をいくらでも使えるので、ちょっと塩を足してやるだけで、天然のうま味たっぷりの漬け汁になるはず。
干物作りの塩水の塩分濃度はだいたい7%~20%くらい。漬ける時間も15分~3時間と結構な幅があるが。これは魚の大きさ(大きいほど漬ける時間は長く)、身の質(脂が乗っているほど塩分を濃く)などによって変わってくる。
でもまあ自分で食べるのであればあまり難しく考えずに、とりあえず一回作ってみて、しょっぱければ「干物はこのくらいしょっぱくないとだめだよね」とご飯をたくさん食べればいいし、塩が薄かったら「現代人は塩分捕りすぎだからこれくらいがちょうどいいんだよ」と健康に気をつかいながら、自分の好みの味を見つければいいと思う。
ここに間違えて釣った魚をそのまま入れそうになった。
ちなみに今回は海水に塩を一握りいれたもの(たぶん8%くらいの塩分濃度)に30分だけ漬けこんでみた。魚が小さく脂も乗っていないので、塩分薄めの時間短め。
魚を干す
漬けこみが終わったら、血合いや内臓、漬けていた塩水などを洗い流し、よく水分をふき取る。
家で干すときはホームセンターなどで売っている専用の青い干し網を使うのだが、さすがに釣り船に持ち込むのは恥ずかしかったので(干物を作っている時点でかなり恥ずかしいのだが)、代わりに持ってきた小型の洗濯物を干すやつに魚をぶら下げる。
帰ったらこいつをさかなにビールを飲もう。
相変わらず強風の海風によく当てて、釣り終了までの2時間程干したら、手作り干物の完成だ。
程よく水分が抜けたようだ。
干物と塩焼きの味比べ
家に帰りビールを一杯飲んだところで、さっそく作ってきたシロギス、イシモチ、アジの干物と、鱗と内臓だけとって塩を振ったシロギス、イシモチの両方を焼いて味比べだ。アジは一匹しか釣れなかったので比べる対象がございません。
上が干物、下が塩焼き。
同じように軽く焦げ目がつくくらいに焼きあがった両者を、手でむしるようにしてアツアツいいながら豪快に食べる。やはりこうやって食べ比べてみると、干物と塩焼きでは食べた瞬間にわかるくらいはっきりと別物だ。
干物にした方は適度に水分が抜けていて味が濃く、そして身の奥の方まで塩が効いている感じ。それに対してただ塩をして焼いた方は、焼いてもまだ身の水分が多く、よくいえばジューシー、悪く言えば水っぽい。塩っ気も薄いのでちょっと醤油をかけたくなる。
好みの問題もあるので一概にどっちがうまいというのは言えないけれど、私としては干物の方が好みの味。手間の分だけうまくなっていないと困るという気分的な味付けもあるけどね。
やっぱり人類が数千年もの間、飽きることなく干物を作り続けている理由は、保存のためだけではなく単純にうまいからだよなと一人で納得。
鮮度抜群の手作りの干物、うまいですよ。
ところで干物がおいしくできたのはいいけれど、私の体もだいぶ太陽に干されて皮膚が赤くなってしまった。魚と違って人間の場合は、残念ながら痛いだけで味わい深くはならないのが悲しい。