※『地球のココロ』というクローズしたサイトで、2012年12月3日に掲載した記事の転載です
山形県山形市の旧市街では、「しっぽこうどん」、あるいは、「すっぽこうどん」という、ちょっと変わった名前のうどんが、冬季限定で食べられているらしい。そしてそのルーツは、はるか遠くの長崎にあるようなのだ。
「しっぽこうどん」を求めて山形へ
友人からその存在を教えられて、山形に訪れたのは今年の2月。なんでも数年振りの大雪だそうで、山形市内にも結構な量の雪が積もっていた。
そんな冷え切った雪の中、ゴアテックス製の登山靴を履いてやってきたのは、山形駅から北東の方角にしばらく歩いて羽州街道からちょっと路地に入ったところにある、大正5年開業の羽前屋というお蕎麦屋さんだ。山形在住の友人の情報によると、ここで「しっぽこうどん」というものが食べられるらしい。
「しっぽこ」がなにかの例えだとしても、きつねやたぬきと違って、「しっぽこ」という単語自体になじみがない。まったく想像がつかないが、いったいどんなうどんなのだろう。
ここにたどり着くまで、三回転びそうになりました。
店に入った時間が3時と中途半端な時間だったので、店内は空いていた。いかにも老舗という感じの店構えだ。
はじめて入る店では、必ずドキドキするタイプです。
さて「しっぽこうどん」はあるかなとメニューを見ると、そば以外の麺類の欄に、「しっぽこ」という文字があった。「鍋焼き」は「鍋焼きうどん」だが、「しっぽこ」は「しっぽこ」らしい。
ちなみに「かいもち」というのは、そばがきみたいなものらしいです。
あれ、しっぽこって、もしかしたらうどんじゃないのかな。なんだか急にハラハラしてきた。しかも、その値段はうどん界のロールスロイスといわれる鍋焼きうどんと同じく、1,000円という高級品だ。
しかし、ここで店員さんに「しっぽこってなんですか?」と聞いたら、この旅の楽しみは半減してしまうだろう。勇気を出して、何も聞かずにしっぽこを一人前注文してみた。
なんだか一人前の男になったような気がした。
これが山形の「しっぽこ」だ
しばらくして運ばれてきたお盆の上の丼には、透明度の低い味の濃そうな汁が満たされており、具はカマボコ、シイタケ、セリ、タケノコ、鶏肉が乗っていて、なんとなくお雑煮っぽいめでたい感じの具のラインナップだ。
汁には片栗粉でとろみがつけてあるようで、薬味にはネギとおろし生姜。そして沢庵がついてきた。
この取り皿はなんの意味があるのだろう。
さて汁の中身はなんだろなと箸を入れてみると、やはりうどんが入っていた。持ち上げようとすると、からみついたとろみのある汁の重さで、ブツブツと切れるくらい柔らかいタイプのうどんである。
あんかけうどんですね。
どうやら「しぽっこ」の正体は、乗せられた具が豪華なあんかけうどんのようだ。
汁にとろみがついているだけあって、その熱さは半端ではなく、雪道をさんざん歩いてきた身としては大変にありがたい熱量だ。この山形の地で冬に出すメニューである意味がよくわかる。
なるほど、なにかを経由しないと熱すぎるくらいに熱い。そのための取り皿か。
熱すぎてすすれないぜ。
食べ終わって体がすっかりポカポカになったところで、店員さんに「しっぽこ」の由来をきいてみたところ、「なんでっていわれてもよくわからないんだけれどさ。ほら、私は宮城県出身だから。あはは。」という、アバウトな答えが返ってきた。
その話を聞いていたお客さんのおばあちゃんによると、「私もしっぽこは好きよ。最近は出す店も減ったけれど、このあたりでは昔から出していたわね。京都にもしっぽくうどんという同じようなうどんがあるらしいから、その流れじゃないかしら」ということらしい。
山形でもこの辺りは城下町として栄えていたところなので、京都の食文化が伝わってきて、「しっぽく」がなまって「しっぽこ」になったというのが、このおばあちゃんの説だった。
続いては「すっぽこうどん」
「しっぽこ」のだいたいのところは、その真偽はともかく羽前屋でわかったのだが、せっかくなのでその日の夜も、別の店で食べてみることにした。
今度の店は寿屋本店といって、ここは「しっぽこ」がさらになまって、「すっぽこ」という、すっとぼけたタヌキような名前になっているらしい。
ものすごく寒い日でした。こんな日こそ「すっぽこ」ですな。
ブルブルと震えながら店内のお品書きを見ると、たしかに「すっぽこうどん」というのが、たぬきそばと地獄そばに挟まれるようにして並んでいた。
「すっぽこ」なんて、ある意味、たぬきそばよりもタヌキっぽいネーミングである。値段は800円と羽前屋よりは安いけれど、この店のうどんの中では、やはり一番の高級品だ。値段が高いというのが「すっぽこ」の一つのキーワードなのかもしれない。
『むじなそば』というのは、きつねとたぬきが両方乗ったものらしいですよ。
さっそく「すっぽこうどん」という、我が人生の中でもそうそう発することのないであろう言葉の響きの注文をすると、今度は蓋の乗った丼が運ばれてきた。
ただでさえとろみがあって熱いうどんなのに、さらに少しでも熱いままだそうということなのだろうか。
イメージと全然違うものだったらどうしよう。
蓋をあけると、フワっとゆずのいい香りがして、そこにはもはや汁というよりも餡といったほうがいいような、みたらし団子くらいにとろみと色の濃いスープが入れられていた。その底に、うどん、カマボコ、鶏肉が見え隠れしている。
正直なところ、具に華やかさがなく、ちょっと地味な印象だ。
それにしてもとろみがすごいな。
しかし、割り箸を入れて、もったりと重い餡をひと混ぜしてみると、その印象は大きく変わった。濃い色の餡でわからなかったが、中には三つ葉やエビなどが隠れていたのだ。
これこれ、このお正月料理っぽい豪華さこそすっぽこうどんの醍醐味だよなと、心の中で小さくガッツポーズ。
「ちょっと前の時代のごちそう」っていう感じの具のラインナップがすっぽこの特徴かな。
ここの店主もすっぽこの歴史について詳しいところはわからないということなので、こちらでちょっと調べてみたところ、長崎に卓袱(しっぽく)料理といって、大皿に盛られた豪華な料理を円卓に並べる形式があり、そこから「一皿に豪華に盛られたもの=卓袱」というニュアンスが京都へと伝わって卓袱うどんが生まれ、それが近江商人によって寒い山形に伝えられると汁にとろみがつき、「しっぽこ」とか「すっぽこ」とかいう名前で根付いたのではないだろうか。京都の卓袱うどんは、汁にとろみがない点以外は、ほとんど山形のそれと近いようだ。
また、うどんの本場である香川県にも卓袱うどんと呼ばれるものはあり、これは数種類の野菜を煮た汁を掛けたうどんのようで、山形のものとはだいぶ違い、もちろんとろみはない。
すっぽこうどん、半端なく熱いぜ。
山形のすっぽこうどん、このとろみがあるおかげで、どんなに寒い冬でもおいしく食べられそうだ。たとえば出前で頼んだとしても、アツアツのまま届くだろうし、「ちょっとしたごちそう」という感じの具が人気だったのかな。
似たような名前のうどんが日本各地にあり、その地方の気候や食文化に合わせてそれぞれ根付いていった過程が面白いなと、口の中を軽く火傷しそうになりながら思った。