※『地球のココロ』というクローズしたサイトで、2014年8月4日に掲載した記事の転載です。
日本における漁業問題を考えるにあたって、規制無き早獲り競争による乱獲から魚を守ろうとしている人たちのモチベーションの源を理解するべく、己の舌と心を鍛えてきた。要する寿司屋でうまいマグロの食べ比べをしてきたという話である。
日本の漁業問題を深く知るためには、マグロの味を知るべきだ
今までにこのサイト上で、何度か日本における漁業問題について取り上げさせていただいた。
日本の漁業と水産資源を守るために孤軍奮闘してきた大学の先生に話を伺いに行ったり(これ)、カッパを着て漁の現場へと出てみたり)、農林水産庁でおこなわれた会議を傍聴会に参加してみたり。
そんな活動の一環として、「一般社団法人 海の幸を未来に残す会」の情報交換会へとニフティの清水さんに誘われて参加したのだが、その際に「懇親会に来てみませんか?」と誘われた。それもただの懇親会ではなく、様々なマグロを寿司にして食べ比べてみようという会である。
こちらは真面目な会議の様子。
日本人が大好きなマグロは、漁業問題の中でも大変ホットな話題である。「マグロを乱獲してはいけない」というのを知識として知っているだけではなく、ではなぜダメなのかというのを舌で理解してこそ、自分の言葉で語ることができるようになるというものだ。これはいかないとダメだろう。
決して寿司が食べたいだけとか、たまには自分に対するご褒美でもとか、そういう狙いでの参加ではない。結果として「寿司がうまかった!」というだけの話になったとしてもだ!
築地玉寿司にやってきました
七夕の夜におこなわれた懇談会の会場は、「海の幸を未来に残す会」の理事である中野里さんが社長を務める築地玉寿司の晴海通り店。建物自体は新しいようだが、「千と千尋の神隠し」に出てくるお風呂屋さんみたいな店構えだ。
この築地玉寿司は、なんでも手巻き寿司を日本で初めて出した店らしい。でも今日はマグロの違いを「手巻き」ではなく「握り」でわからせていただこう。
お腹を空かせて築地玉寿司晴海通り店にやってきました。勉強!勉強!
約束の時間に入店すると、通された場所は地下の個室だった。ネタケースには本日の主役であるマグロを中心にして、うまそうな魚が並べられていた。こういう会でもなければ絶対に味わえないシチュエーションだ。
回っていない寿司なんて久しぶり(というレベルの舌ですよ)。
感動のネタケース。マグロがたくさんあるけれど、どれがどれかはわかりません。
寿司で味わうマグロの違い
本日用意されたマグロは、まず外国勢がアイルランド産の冷凍ホンマグロ(天然)、トルコ産の冷凍ホンマグロ(養殖)、オーストラリア産の冷凍インドマグロ(天然)、ハワイ沖の冷凍バチマグロ(天然)。以上、全部中トロ。
ちょっと補足すると、インドマグロというのは正式名称だとミナミマグロとなる。インド洋で多く水揚げされるからインドマグロと呼ばれるのだが、オーストラリア産でもインドマグロって呼ぶのはどうなんですかね。ミナミマグロはホンマグロに似た味だと某マンガで読んだ覚えがあるので楽しみだ。そしてバチマグロはメバチマグロのこと。目がパッチリと大きいからメバチ。マグロを扱うお店では、よく目玉だけで売られている。
値段の差は無視して、味の違いだけを比べます。
続いて国産マグロは、北海道産の生メジマグロ(天然)、岩手産の生カジキマグロ(天然)である。メジマグロはホンマグロの子供で、巻き網漁で多く水揚げされているが、これは定置網で獲れたもの。カジキマグロはメカジキのことで、カジキとマグロは別の種類なのだが、カジキ類のことを通称カジキマグロと呼ぶことが多い。関東ではムニエル用として売られていることが多いけど、産地である三陸地方では刺身用としての需要が多いのだとか。
さてこれらの味の違い、私に理解ができるのだろうか。
どれがなんだかまったくわからないので、名前を書いてもらいました。
メジマグロとカジキマグロだけは、身が白っぽいのですぐ違いがわかる。
マグロの食べ比べと言っても、会員同士の懇親会がメインなので(私は会員じゃないのですが)、堅苦しいスタイルではなく、宴会の料理として順番に運ばれてきたものを各自が食べるというスタイル。採点をするわけでもなく、意見を交換しながら各々が心にその味を刻んでいく。
もちろん日本酒の試飲会のように、口に含んだものを出すなんていうことはしない。
最初に出された色とりどりの突きだしで、すでに楽しい。ホヤの塩辛のうまいこと。
イカのクチバシ(トンビ)なんて、食文化が相当根付いた国じゃないと、喜ばないだろうなー。
まずは外国産マグロの食べ比べ
まず最初に食べ比べるのは、はるばるアイルランドからやってきた天然ホンマグロ、トルコの養殖ホンマグロ、そしてオーストラリアの天然インドマグロである。
どれも冷凍ではあるのだが、その色艶は抜群に美しく、明らかに「良いマグロ」であることが素人目でもわかるネタである。
社長が指名した板前さんが目の前でお寿司を握ってくれるという贅沢。
このエッヂの立った見事なマグロ!
左からアイルランド天然ホンマグロ、トルコ養殖ホンマグロ、オーストラリア天然インドマグロ。
私にこの味の違いがわかるものなのかとドキドキしながら、一貫ずつ味わっていただく。
アイルランド天然ホンマグロ。官能的にとろける食感と自然な甘さにメロメロ。一貫で満足させる凄味があるのだが、夜はまだこれからだ。
トルコ養殖ホンマグロ。養殖マグロは脂っこいという印象しかなかったのだが、そこまでギトギトしていなくて旨味もしっかり感じる。私が育ちざかりの高校生だったら、これが一番かもしれない。
オーストラリア産天然インドマグロ。食べ比べると身のきめ細かさで天然ホンマグロにちょっとだけ劣るかもしれないが、十分においしい。甘みとコクは少し弱いが、さっぱり派ならこっちの方がいいかも。
天然のホンマグロがうまいのはわかるけれど、養殖でここまでおいしいのはなんでだろうと聞いてみたところ、これは養殖といっても小さい天然マグロを大きくなるまで育てたものではなく、最初から大きい天然マグロを生簀で日本人好みに太らせたものなので、天然ものよりもちょっと脂肪が多い程度とのこと。養殖というよりも蓄養のほうが正しいかな。ただし、これが養殖だからと知っているからかもしれないが、なんとなく運動不足を感じさせる脂の付き具合で、脂肪分が多いだけあって、これを続けて2貫食べたらしつこいかもなという感じはある(なぜなら私がアラフォーだから)。
一口に養殖マグロといっても、牛や豚がそうであるように、エサの種類や育てる環境でその味はピンキリ。旬を逃した天然マグロよりも断然おいしい場合もあるし、背脂たっぷりラーメン以上の脂っぽさだけが印象に残る場合もあるだろう。
そしてインドマグロも大変うまい。インド人もびっくりの味。
メバチ、メジ、メカジキの食べ比べ
続いては、ハワイ産冷凍メバチマグロ、北海道産メジマグロ、岩手県産メカジキ。天然ホンマグロに比べればだいぶ値段の安いネタなのだろうが(今回は会費制なので個別の値段はわかりませんが)、これもしっかりとうまかった。
とりあえず見た目がだいぶ違いますね。
ハワイ産メバチマグロ。あれ、メバチってこんなにおいしかったっけ?冷凍っぽさ、水っぽさが皆無。
北海道産メジマグロ。困ったことにしっかりとうまい。下手なホンマグロより好きだこれ。
岩手県産メカジキ。マカジキはともかくメカジキはそれほど良い印象はなかったのだが、しつこくない甘味としっかりした歯ごたえで相当うまい。
マグロ(一部カジキだけど)の世界、奥が深いね。冷凍のメバチマグロというと、スーパーでドリップ(体液)の出てしまった柵やブツが安く売られているが、まったくの別物だった。メバチも上物をちゃんと解凍したものならここまでおいしいのか。なんだかごめんな、俺、メバチを誤解していたよ。
メジマグロに関しては、「ちゃんと成長したクロマグロに比べておいしくないから獲るのはやめましょう」という話だと単純なのだが、困ったことにこれもしっかりとうまかった。ただこれはメジといっても15キロもあるものの大トロ部分。それも定置網で獲られているため、水揚げ時の処置も適切なのだろう。スーパーの鮮魚コーナーで巻き網漁で獲られたであろうカツオよりも小さな2~3キロのメジマグロを買ったことがあるが、それはさすがに味が弱かったが、これはしっかりとうまい。ちゃんとしたメジマグロなら、ホンマグロの代用品・劣化品などではないようだ。
あのメジはうますぎるとクレーム(?)が入ったので、もう少し小型の赤身部分をいただいたのだが、これもまたうまい。
そしてメカジキについては、私は今までその味をまったく理解していなかった。なんでも産地の宮城などではマグロ同様に評価の高い魚で、良いものは地元で消費されており、関東などには主に加熱調理用しか出回らないそうだ。マグロと違って色が白いため、関東では好まれないのだろうか。元々マグロと別種の魚なんだし、カジキはカジキとして、もっと評価をされてもいいと思う。
ちゃんとしたマグロはどれもおいしい
食べ比べの結果ですが、ええと、全部おいしいですね。それもとびきり。試食を終えた参加者から、今日の仕入れは張り切りすぎだとのヤジ(?)が飛んでいるくらい。あとシャリの味と職人の腕と店の雰囲気が良いので、たぶんスーパーで買ってきたマグロを握ってもらっても、そこそこ美味しかったと思う。
おにぎり大好きなニフティの清水さんは、シャリだけ握ってもらって感心していた。魚を美味しく食べるためのソフトウェアの塊なのだ。
うまいマグロをたくさん食べ比べてわかったことは、冷凍がまずいとか、養殖がまずいとか、メジがまずいとか、ホンマグロ以外はまずいとか、そういう単純な話ではないということ。
あっしなんざ切れ端でも十分でござんす。
水揚げされてすぐに船の上で急速冷凍されたものを上手に解凍したマグロなら、下手な処置で鮮度が下がった生マグロよりもおいしい。
産地や季節によっては痩せているマグロを蓄養で太らせることで、日本人が大好きなトロを安定的に提供することができる(赤身も好きなので全身大トロだと困るけど)。
手巻き寿司発祥の店ということで、手巻きもたべさせていただいた。
スーパーなどで安く提供できるマグロとしてではなく、ちゃんとした個性を持ったマグロの一種として、丁寧に扱われたメジマグロであれば、下手なホンマグロよりもおいしくなる。
そしてインドマグロもメバチマグロもメカジキも、ちゃんとしたものであればそれぞれの味わいが楽しめて、最高級ホンマグロには負けるかもしれないが十分おいしい。ホンマグロとの値段の差ほど味に差はないように感じる。
ちゃんとしたお店で手巻き寿司ってどうなんだろって思ったけれど、シャリの量が少なく、海苔の割合が多くて、上品でおいしかった。これはトロと沢庵の組み合わせ。
マグロは水から上がるとビチビチと跳ね回り、暴れることで体温が70度にまで上がってしまうそうで、そうなると身が赤黒く焼けてし まい、商品価値は一気に下がってしまう。そこでなるべく暴れさせないように海から上げて(一本釣りであれば時間を掛けて)、水揚げしたらすぐ に締めて、血抜きや急速冷蔵(冷凍)の適切な処置をしなければならないのだが、巻き網漁のように一度にたくさんのマグロが獲れる漁だと、どうしても魚同士がこすれあってしまうし、船の処理能力を超えた量が水揚げされると、丁寧な処理は難しくなる。
味噌仕立てのネギま汁がうまかった!
海で泳いでいるときは同じ品質のマグロでも、漁の方法、処置の仕方で品質は大きく変わってくる。同じマグロがキロ500円にもなれば5000円にもなるのだ。これは単純に巻き網漁が悪いという話ではなく、品質を大幅に下げてしまうほど獲ってしまう場合の巻き網漁が悪いという話だそうで、安くてもとりあえず獲れるだけ獲るのではなく、おいしい時期にきちんと処理できる量しかとらないという考え方に巻き網船の漁師がなればよいのだが、そうならないのは効果のある漁獲量規制が働いていないから。
水産資源は本来高利回り商品
元々水産資源というのは持続可能なもので、たとえば石油だったら掘りつくしてしまえばなくなるが、魚だったら自然に回復する資源量を超えない利用であれば、この先何年でも継続可能な稀有な資源。
白いか!塩水ウニ!白エビ!
ある海に100万匹の魚がいるとして、エサや広さに限りがあるから人間が獲らなくても100万匹よりは増えない前提で考える。今年10万匹まで獲っても来年また100万匹に戻るとする。その海で資源回復力を超えた20万匹獲ってしまうと、来年は90万匹までしか戻らず、その90万匹からまた20万匹とれば、再来年は80万匹と減っていく。もちろん生き物の話なので単純な計算通りにはいかないけれど、魚が世界で減っているのは、回復する量より多く獲りすぎているからだと思う。
初夏に旬を迎えるイワシがまたすごかった。イワシを一番上手に料理できるのは日本食だと思うんですよ。
金利の話に置き換えると、年利10%の最大預金額100万円の貯金箱みたいなもの。1年間に10万円使っても、金利で100万円に戻るのだが、20万円使ってしまうと90万円にしか戻らず、さらに金利以上の額を使っていってしまえば、最後には元本がゼロとなってしまう。今の日本の漁業はまさにこの状態で、貯金箱のお金を使う人が10人いたとすると、使い放題の早い者勝ちなので、資産運用を考えない無駄遣いのし放題。10人にそれぞれ1万円ずつという枠を決めて、必要な時に有効に使いなさいよと指導するファイナンシャルプランナーみたいな立場の人が必要となる訳で、それが漁業では行政の仕事となる。漁師は本来海の金利で食べていく商売なのだ。
日本の食文化の特徴を考慮した規制の必要性
海外では漁獲量に加えて、ある大きさに達した魚しか獲っていはいけないというルールが広まりつつあるようだが、日本の場合は小さい魚も愛する食文化があるため、単純に海外で成功しているルールを持ち込むという訳にはいかない。
たとえば寿司ネタのコハダはコノシロという魚の幼魚で、さらに小さいシンコと呼ばれる大きさの方が高くなる。シラスやニボシはイワシの稚魚。そしてメジマグロもホンマグロの代用品としてではなく、若いマグロとして楽しむのが日本の食文化。
朝締めのハタ、江戸前の仕事をされたコハダ、白ミルではなく本ミル貝!
この会のメンバーが海の幸を未来に残そうと躍起になっているのは、魚がかわいそうだからという感情的な話ではなく、世界遺産にも認定された日本の食文化を支える水産資源を次世代以降への責任として守るため。水産資源が枯れてしまえば今日のような寿司なんて成り立たないし、カツオが獲れなくなればカツオブシだって作れない。
東京オリンピックで外国人を「おもてなし」する寿司に、カニカマやハンバーグばかりが乗っていないことを祈りたいと思う(そういう回転寿司チックなネタも好きなのですがね)。
キンメダイ!キンメダイ!キンメダイ!
※ちょっと買い物しませんか※
?