※『地球のココロ』というクローズしたサイトで、2014年6月25日に掲載した記事の転載です。
2011年に日本で初めて個別漁獲割当制度(IQ)を本格導入した新潟県佐渡市のホッコクアカエビ漁の船に乗り、その漁がどんなものなのかを見てくるとともに、IQを導入した感想を漁師さんから聞いてきた。
IQ制度を実施している佐渡市赤泊地区のエビカゴ漁
日本における深刻な漁業問題が少しずつ表面化し、農林水産省において「資源管理のあり方検討会」という会議が開かれている中、海外で漁業を儲かる商売に転換させた資源管理制度の一つである個別漁獲割当制度(IQ)を日本で初めて導入した、新潟県佐渡市赤泊地区のえびかご漁の船へとやってきた。新潟県えび籠漁業協会長の中川さんが経営する中川漁業の船に乗せていただくのである。
赤泊の漁師がえびかご漁で狙うのは、主にホッコクアカエビという、関東だとアマエビと呼ばれているおなじみのあのエビである。新潟ではその姿が赤唐辛子(南蛮)に似ていることから、南蛮エビと呼ばれている。もちろん辛いから南蛮エビという訳ではない。
ホッコクアカエビだと名前が長く、南蛮エビだと私がピンとこないので、以下アマエビとさせていただく。新潟の人、ごめんなさい。
中川漁業さんの船に乗せていただきました。集合は夜中の12時30分!
乗組員は全部で6名。すでに黙々と準備を開始している。
本当は二日前に乗船するはずだったが、大荒れで延期に。そしてようやく出船したこの日もまあまあの風でした。
IQとはなにか
さて『IQ』とはなにかという話だが、『個別漁獲量割当制度』のこと。漢字の意味を考えるとなんとなくわかると思うが、平たく言うと、獲り放題・早い者勝ちの漁をやめて、漁業者ごとに年間何キロまで獲っていいかを事前に決めるという、アウトプット(出荷量)をコントロールするシステム。水産資源を獲りつくして枯らすことなく、持続的に活用するための制度だ。
漁場は佐渡と新潟の間の佐渡海峡で、このエリアでえびかご漁をしているのは、赤泊にある4つの経営体のみ。底引き網によるアマエビ漁との競合もない。またアマエビは移動範囲が狭いため、取り残した分がそのままそこに残るので漁師側のメリットがわかりやすいなど、IQを試験的に導入するには適した場所ということで、この赤泊のエビカゴ漁がIQのモデル事業として選ばれたのだ。
IQの肝となる漁獲割当量だが、ここのアマエビはマグロやウナギのように資源量が激減しているという段階ではない。そこで、まず赤泊の各経営体(船を所有する会社)ごとに、過去5年間の漁獲量実績から一番多かった年と少なかった年を抜かした3年間の平均をとり、その98%でスタート。そして今後の展開として、科学的な根拠にもとづき漁獲枠を設定するための準備が着々と進められている。
宇宙船のコックピットみたいな操船席。
予報通りまあまあの揺れで、この取材をコーディネートしてくれた佐渡在住の海野君は速攻ダウン。
IQの導入と合わせて行われたこと
IQを導入することで獲っていい量が決められるため、漁師はできる限り価値のある魚を獲る努力をするようになり、安くてもいいからとりあえず獲れるものはとろうという考えはなくなる。アマエビは大きければ大きいほど価値が高いため、1キロあたりの単価も高くなるので、大きなアマエビだけを選んで獲った方が儲かるのだ。
そこでえびかごの網目を一回り大きいものに切り替えて、価値の低い小型のアマエビはカゴに入っても逃げられるようにした。これによって大型の獲れる割合がアップ。これは小型のエビを海に残すことになるので、持続的に大型のアマエビを獲ることにもつながっていく。ちなみにアマエビは6年以上も生き、大人になると全部メスになって卵を産むようになるそうだ。
またアマエビの値段は相場によって大きく変わってくるので、相場の高いときに出荷した方がお得となる。そこで今までは7月、8月を禁漁期間にしていたのだが(アマエビの産卵期だからという訳ではなく、夏場は鮮度の維持が難しいので禁漁としていたらしい)、年間に獲る総量を決めたことで8月15日まで漁期を伸ばすことに合意が得られ、殺菌冷海水供給装置の導入もあり、アマエビ相場の高くなるお盆シーズンの出荷を可能とした。
これがアマエビを獲るカゴ。エサの魚が入っていて、それにつられてエビが入ってくる。
網の目を大きくしたことで、小さいエビが入っても逃げられるようになった。
この機械で2度まで冷やした殺菌冷海水を船に乗せて、船内の水冷装置で温度管理するため、エビを港まで生かして持ってこられる。
IQの導入にあたって、中小企業診断士による経営状況の調査もおこなわれたのだが、ここで判明したのが1つの経営体が2隻の船を所有することの負担だった。乗組員の数は限られているので、船が2隻同時に出るということはないのに、なぜ2隻所有していたのかというと、1隻あたりのカゴの数が決まっていたから。
たとえば15トンの船なら1200個までのカゴが許可されている。海に沈めるカゴの数が多ければ多いほど、当然獲れるエビの数が多くなるため、1つの経営体が2隻を交互に出して合計2400個のカゴを使うような形をとっていたのだ。しかし、IQによって経営体ごとの獲っていい量が決まったので(船ごとではない)、1隻あたりのカゴ数を制限する意味がなくなるので、いままで操業していた船を廃業させた場合、その船が使用していたカゴ数を移譲できるという新しいルールが作られた。
これによって船を2隻から1隻に集約することができ、保険代やメンテナンス代などの維持費が半分になり、経営状況がだいぶ改善されたそうだ。こういった行政側の柔軟な対応が、IQを成功させるカギとなりそうだ。
IQを導入した感想は?
さて実際にIQを導入してみた感想だが、中川さんやこの船の乗組員に聞いた限りでは、全員が導入してよかったという意見だった。海がシケたら無理をせずに休むという選択肢ができたし、他の船との競争意識も薄くなったそうだ。
次の世代、そしてそのまた次の世代へと資源を繋いでいくという意識があるのであればIQは絶対必要なものだし、漁協や行政のあり方も時代に合わせて変えていかなければならないという意識が漁師の中にあるからこそ、この赤泊でIQを導入できたのだろう。この船の漁師さんは、私が今までに出会った漁師さんに比べて、どことなくみんな表情が柔らかい気がする。それは佐渡人の気質なのかもしれないが。
またIQ以外にも必要な規制はたくさんあるそうで、たとえばイカ漁であれば、各船が他の船より多く獲るために集魚用ライトを強くしてきた結果、ガソリンの消費量が年々増えてきたという歴史があるので、ライトの強さに規制を掛けることができれば、漁師同士の無駄な競争がなくなり、ガソリンを節約できるのだそうだ。海の上全体が暗ければ、少ない明かりでもイカは集まる。漁師による「努力の方向」を変える必要があるのだ。
漁場についたら目印の旗を回収し、水深約400メートルの底からカゴを引き上げる。
水深400メートルの深海からカゴが上がってきた。
カゴの底を開けて獲物をチェック!
エビだ!立派!
カゴから出されたエビは、すぐに種類やサイズで分けられ、深海の水温に近い冷海水の入った生簀へ入れられる。
アマエビに混ざって獲れるのが、大型の標準和名トヤマエビ。通称ボタンエビ。うまそう。
そして中央にいるのが標準和名モロトゲアカエビの通称シマエビ。ここではシロヒゲエビと呼ばれていた。
アマエビは深海生物という感じがないのだが、一緒に獲れる魚を見ると、やっぱり深海の生き物だ。
ある程度エビが貯まると、冷水で満たされたプールに移動。
エビを取り出したカゴには、流れ作業で新しいエサをセット。
エサを入れたカゴがベルトコンベアーで船の後方に運ばれていく。まさに流れ作業。
そして次の投入のセッティング。よく絡まないなと思う。
すべてのカゴを回収したら別のポイントへ移動して、船の後方からカゴを投入し、3日後くらいに回収する。これを1日で3~4セット行う。なかなか大変な仕事である。
今後の課題と可能性
IQによって漁場の水産資源を持続的に獲ることができるようになっても、佐渡の漁師が経営を成り立たせるための課題はまだある。それは魚価の低下。
他の魚と同様に、アマエビの単価も景気の良かった時代に比べて大幅に下がっており、現在はキロあたり1500円前後で買われていく。消費者の元に届くころにはいくらになっているのか知らないけれど。昔に比べて販売する側の力が強くなっていることで、安く買い叩かれているのが現状らしい。
離島という流通上の不利な面はあるのだが、これだけ品質の高いエビなのだから、商品のブランディングと販売先のマッチングが行える会社が島内に立ち上がれば、佐渡のブランドエビとして単価を上げることができるのではないだろうかと思ってしまう。全国にブランド物の海産物が多数誕生しているように。
海外ではエコマークが魚の商品価値を上げている事例も多々あるが、まだ日本では「IQを導入しているから」という理由で単価が上がるということはないようだ。しかし情報の発信力次第では、これを付加価値につなげることも可能だと思う。
2度前後の冷たい海水で生かされている美しいアマエビ。
海水から出すと鮮やかな赤になる。南蛮(赤唐辛子)エビという名前の由来だ。
佐渡にこんな立派なボタンエビがいるなんて知らなかった!
かっこいいよ、ボタンエビ。
まさかワールドカップを船の中で見ることになるとは思わなかった。
とにかくたくさん獲って安くてもいいからたくさん売るというビジネスモデルは成り立たない時代なので、価値のある魚を持続的に利用できる分だけ獲って、それに付加価値をつけて高い金額で売るというスキル、あるいはそのためのパートナーが必要になってくるのだと思う。
このアマエビやボタンエビは佐渡に人を呼ぶための観光資源にもなりえると思うのだが、中川漁業で水揚げしたほぼすべてのエビは、その日の最終のフェリーで新潟港へと運ばれて、新潟市内の市場でセリに出される。他の経営体も佐渡の市場ではなく新潟に出荷している場合が多く、佐渡島内では佐渡産のエビがあまり流通しておらず、逆に島外から安いエビが供給されているという不思議な現象が起きている。立派なアマエビがそれなりの値段で佐渡市内のスーパーで売られていても、佐渡には他に食べるものがたくさんあるので、なかなか売れないという話だとは思うのだが。
そのため、佐渡でこれだけ立派なエビが獲れているのを知らない島民も多いし(私が聞いた限りでは誰も知らなかった)、佐渡のエビを島内で食べようとしてもなかなか食べられないのが現状だ。これはあまりにもったいない話である。
港に戻ってきたのは、出航してから約12時間後。楽な仕事ではない。
「ところでワールドカップ、どうなった?」「(携帯でチェックして)ごめんなさい、負けました!」
エビは氷の上に詰められて出荷される。
中川漁業のシールが張られ、新潟の市場へと運ばれていく。
佐渡市内のスーパーで売っているのは、ほとんどが激安の小型(別の漁船と思われる)か島外産。
佐渡の地魚が売りの回転寿司「まるいし」で佐渡産の大型アマエビを発見!こういう店がもっとあるといいんだけど。
混獲される大型のバイガイは結構高いそうです。すごくうまいよ。
水揚げされた佐渡のボタンエビ、超絶うまそう。
特大サイズもあるよ。ボタンエビはアマエビの2~3倍の値段だけど、それでも安いと思う。
シマエビと一緒に入っているトゲトゲのかっこいいエビは、イバラモエビ。ここではオニエビと呼ばれている。
佐渡のエビは超絶うまかった
この見事なエビちゃんを島内で食べようと思っても、流通していないので食べられないので、中川さんにお願いして少し分けていただいた。実際に食べて味を知ってこそ、思い入れのある文章が書けるというものだ、という大義名分である。こんな立派なエビを見たら、どうにかして食べたくなるのが人間だろう。
ごっちゃんです!
本当は獲れてから1日か2日置いたほうが甘みがでてうまいそうだが、せっかくなので獲れたその日に佐渡の友人宅に持ち込んで食べさせていただいた。
結論を言えば、やはり佐渡のエビは超絶うまかった。これを島内で食べられないのはもったいなさすぎる。
上から通称ボタンエビ、オニエビ、アマエビ。本名だとトヤマエビ、イバラモエビ、ホッコクアカエビ。エビとかイカの名前はややこしい。
もちろん刺身でいただきます。人生で一番うまいアマエビかも。味噌も一切の臭みがない。
ボタンエビ、すごいなこれ。明らかに人生で一番のボタンエビだ。
オニエビはトゲトゲだけれど、焼くと殻ごと食べられて、抜群に旨味が濃い。佐渡といえば鬼なので、一番佐渡らしいエビかも。「佐渡ノ鬼海老」みたいなブランド名を付けてあげたい。
どのエビもやばい!佐渡のエビ、どうにかしてまた食べられないかなー。
すごいぞ、佐渡のエビ。エビが好きな日本人は多いので、佐渡に来ればすごいアマエビやボタンエビが食べられるという話になれば、観光客も増えると思うのだが。ちなみに佐渡ではベニズワイガニもたくさん獲れる。
エビは鮮度が命の食品だし、海が荒れると漁にでられないため、どうしても島内での安定供給は難しいと思うけれど、産地だからこそ食べられる味がある。アマエビ、ボタンエビ、オニエビ、シマエビの食べ比べが佐渡島内でできれば、それこそ観光の目玉となりそうなのだが、いろいろと難しいのかな。
もしそうなれば、少なくとも私の佐渡に来る楽しみが、また一つ増えるんだけどな。
※ちょっと買い物しませんか※
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