佐渡島南部の港町、小木に気になるお店がオープンした
四月に佐渡島へ取材にいったとき、佐渡南部のカーフェリーが発着する小木という港町で友人と夕飯を食べていて、「玉置さんに会わせたい人がいるんだよ。もうすぐこの小木にオープンする店があって、そこのシェフが……」という話を聞いていた時に、ガラガラ~と扉を開けて入ってきたのが、まさにその人だった。
小木でOrigine(オリジヌ)という小さな飲食店を営むご夫婦である。
一緒のテーブルでご飯を食べつつ、お互いが探り探りの雑談をした結果、この人が作る料理をぜひ食べてみたいなと思った。なんとなく波長が合うような気が勝手にしたのだ。
ただ、この時はまだ数日後のオープンを控えて準備中ということで、残念ながら食べることは叶わなかった。
そして三か月後の七月、用事を作ってまた佐渡島へと渡ることができたので、今度こそはと予約をして、はりきってOrigineを訪れた。
Orinigeはカウンターの7席のみで、夜はコースのみの予約制。
魚と野菜の全4皿のコースが3300円、佐渡牛と果物が入った全6皿のコースは5800円。どちらも税込み、ドリンクは別途注文。
せっかくなので6皿コースをセレクトして、伊勢うどん会の打ち上げとして貸し切らせてもらった。
予約した時間に店を訪れると、本日のメニューを黒板に書いてるところだった。それをみんなで見守りながら、雑談をしつつどんな料理が出てくるのだろうと想像を膨らませる。ドリンクは料理に合ったワインを、シェフのお任せで出していただいた。
Origineのシェフは新潟出身で(佐渡も新潟県なのですが)、有名ホテルでの厳しい修業を経て、なんやかんやあって佐渡島のことが気に入り、古い民家を改装して、ここに料理店をオープンさせたそうだ。
小木という町を知っている人からすると、「え、小木に?……小木だよ!」と驚くような店だと思う。
琴浦・石塚さんのザ・キング
最初の一皿は「琴浦・石塚さんのザ・キング」。なんのことやらと思ったら、ザ・キングとは緑色をした珍しいイチヂクのことで、それにトマトと合わせた冷たいスープに、熱いサザエのソテーが乗った料理を出してきた。
イチヂクとトマトにサザエである。それぞれは佐渡島を旅していれば出会うこともある食材だろうが、それが一皿にまとめられて出てくるというのはこの店だけだろう。
スープと具の温度差、イチヂクのプチプチ感、和辛子に使われる新潟産マスタードシードのアクセントなど、一口ごとに伝わってくる情報量がすごい。
7月の畑の風景
二皿目は「7月の畑の風景」。季節野菜の盛り合わせだ。サボイキャベツ、ニンジンとその花、ズッキーニ、トウモロコシ、トマト、カブ、ビーツ、ジャガイモ、枝豆、インゲン、アスパラガス、スティックブロッコリーといった地元の野菜を、その特性を生かす形でシンプルに提供してくれる。
すべての野菜にしっかりとした個性があり、この島で採れる野菜のポテンシャルに圧倒される。佐渡産の野菜をしっかり食べられる店は意外と少ないし、これだけの種類を自分で作るのは大変なので、島外から来た人にはすごくうれしい風景。
シェフはまだ佐渡に来て日が浅いため、現時点では購入してきた野菜が多いものの、だんだんと自分の畑で育てた野菜を増やしていきたいようだ。うちの畑で風景を作ると、いつも草ぼうぼうなので、野菜にスベリヒユとかシロザが混ざりそうである。
小木つり〆真鯛
三品目は「小木つり〆真鯛」。シェフのことを知った小木の方が、釣ってすぐに締めて血抜きをした真鯛を持ってきてくれたそうだ。
しっとりした弾力のある身はもちろんだが、パリッと焼かれた皮がうまい。その下に敷かれた緑色のソースは、なんとシシトウである。そして大粒の塩をムラがあるように配置。
一口ごとに変化する鯛とソースと塩のバランスが楽しく、ついついワインが進んでしまう。
佐渡牛うちもも
四品目は「佐渡牛うちもも」。佐渡で食肉用の牛を育てているという話は聞いたことがあるけれど、なかなか高級な存在なので食べるのはおそらく初めての経験。佐渡には食肉加工場がないため、そもそも島内の流通量がかなり少ないらしい。
Origineは丸見えのオープンキッチンなので、作る様子をにやにやと眺めていたら、まずフライパンで塊肉の表面を焼いて、オーブンに移して中心部まで温めて、最後に七輪で稲藁焼きして香ばしさを纏わせるという手間暇を惜しまない手法をさりげなくこなしていた。もう私のにやにやが止まらない。
部位は肉本来の味を楽しめる赤身のうちもも。脂が少ないからこそ噛みしめるほどに旨味が広がる。
ソースはエビガライチゴ(海老殻苺)という、その辺で摘んできたという野生のキイチゴ。さらに付け合わせもその辺に生えていたヤマドリタケモドキのソテーとペースト。どちらも普通の栽培品種にはない力強さがあり、この店に来たからこその味で嬉しくなる。
T&M Bread Delivery SADO Island という、ニューヨーク出身のマーカスが焼いたしっかりしたパンがついてきた。
大崎 伊藤さんの超てんてこ米
五皿目は「大崎 伊藤さんの超てんてこ米」。てんてこ米というのは、シェフと同じく新潟から移住してきた若き米農家の伊藤さんが、文字通りてんてこまいになりながら作っているお米のブランドで、そこに「超」が付くのは、いくつかある田んぼの中でも標高が高く、山から湧いた冷たい水で育ったお米のことだと、以前に生産者の伊藤さんから聞いた気がする。
最初にお寿司一貫分くらいを白米だけで食べさせて、このお米の持つ味と香りをしっかり確認させてから、みんなに胃袋の余力を聞きつつ、佐渡牛を使ったカレー的なソースをかけてしっかり食べさせるという二段階のプレゼンテーション。
このご飯を食べて、「塩にぎりを作ってください」と言ったお客さんもいたとか。ここまで大切に使ってもらえたら、きっと伊藤さんも喜ぶだろう。
無花果の葉 はまなす
最後の皿は「無花果(イチヂク)の葉 はまなす」。何が出てくるのかと思ったら、茶色とピンクのゼリーと、一皿目でスープになっていたザ・キングが登場。
イチヂクの葉を干して入れたお茶と、乾燥保存しておいたハマナスの花のゼリーを自家製プリンにかけて、そこに皮を軽く焼いたイチヂクの実を添えているのである。
同行の女性に「これが今日一番おいしい!」と言わせた甘くとろけるプリンを、イチヂク茶の深みでゼリーで引き締めることで、お酒を飲んだあとの締めとして成立させている。
焼いたイチジクの味は、どんな食べ物にも似ていない唯一無二の存在だと知った。
私は佐渡に何度も来ているので、素材の味自体は知っているものもいくつかあったが、調理と組立の力によって、ここまで魅力が引き出されるのかという驚き。きっとこれらの食材が身近な地元の人が食べても、発見と感動は多いのでは。
フレンチの確かな技術をベースにしつつもそこに囚われることなく、佐渡島の「今」を素直に味わうために選択された、旬の食材を主役にした料理の数々。しっかりと堪能させていただきました。
みんなでにこにこしながら歩く帰り道、Orrigineに何度か来ている同行者の一人から「今日の料理も最高だったけど、アワビのリゾットがまたうまいんだよ~」と、満腹なのにお腹が空く話をされるなど。ちくしょう。
できることなら毎月でも通って、一年を通じて佐渡の季節を感じたいお店が登場してうれしい。毎月佐渡に行く用事ができないだろうか。
モーニングもいただいた
Origineの営業は金・土・日・月で、モーニングとディナーという変則的なスタイル。
ディナーを食べたその翌朝に、モーニングを食べにまた伺った。こちらは朝7時から営業しており、予約不要で1000円。でも混みあいそうな日は予約をした方が安心。
まさか小木で1000円の朝ごはんを出す店が成立するとは誰も思わなかっただろうけど、この辺りは素泊まりの宿やゲストハウスも多いし、この時間に食べられる店はほとんどないので、意外と需要はあるようだ。
いや、まったく存在しなかった需要をOrigineが切り開いて生み出したというのが正解か。
最初に出てくる「季節のスープ」は、焼きトウモロコシの冷たいポタージュ。ちょっと蒸し暑い朝に最高の喉ごしを与えてくれる。
日常でも旅先でも基本的には一日三食。これまで小木では選択肢がなかった朝の食事が、前日に買い置きしておいたコンビニのパンとかではなく、こういうスペシャルなメニューも選べることで、旅の満足度はグッと上がる。
せっかくだからと350円を追加して、T&M Bread Delivery SADO Island のクロワッサンをいただく。
マーカスが焼く柔らかいパンというのを初めて食べたけれど、オーブンで適温に温められたバターたっぷりのクロワッサンは、うれしいサクサク感で香り高く、注文してよかったと机の下で小さくガッツポーズ。
そしてトーストと卵料理と地元野菜のサラダのプレートが運ばれてきた。ちゃんとしたスクランブルエッグというものを初めて食べたかもしれない。きっと今日は良い一日になるはずだと思える一皿。
満足しすぎてコーヒーは写真を撮り忘れたけど、こちらもおいしかった。
良い贅沢をしたなと充実した気持ちで店を出ようとしたところに、たまたま友人がやってきたので、もう一回モーニングを食べようかなと思ったけれど我慢。
私より少し先に入っていた御年輩の女性は、里帰りしたお孫さんに連れられて初めて来た地元の方だった。たぶん。
「小木にこういう店ができてくれて本当にうれしい」というようなことをシェフに伝えていて、こっちまで嬉しくなった。
予約制のディナーだけだとなかなかハードルは高いので、気軽に来られる値段のモーニングという存在が、地元の方との懸け橋になっているのだろう。
そのお孫さんは昨日の伊勢うどん&製麺ワークショップに参加されていたので、製麺の話から小麦の話になって、このあたりでも昔は小麦を作っていて、サルトリイバラの葉っぱの上に小麦粉の団子を乗せて蒸して食べたという聞いてグッときまくった。
昨日は別の参加者からも「古民家に移住したら奥から製麺機が出てきた」という大変興味深い話を伺った。佐渡の食文化はまだまだ私の知らないことばかり。なのでまた何度でも佐渡に来よう。そしてまたOrigineで朝夕二食いただこう。
※どこかの媒体でOrigineの紹介記事をしっかり書きたい。
※秋に行った様子はこちら。
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