何度か出展したことのある文学フリマ(文学中心の同人誌即売会)に、今回は一般客として参加してきた。
ゴールデンウィーク最終日の羽田空港へと向かうモノレールに乗り、午前11時の開場時間よりちょっと前に会場へと到着すると、細い廊下に折り返しが必要なほど長い行列ができていた。
列が動き出して入り口でカタログを受け取ると、高石智一さんさんが編集人、こだまさんが発行人の合同誌「でも、こぼれた」の、これまた長い行列へと並んだ。この本を買いに来たのだ。
高石さんとは前にザリガニ釣りをしたことがある。子供の頃じゃなくて、割と最近の話だ。
列に並んでいると、行列を整理する方が声を上げた。
「この線に沿うイメージでお並びください。1000円を用意してお待ちください。おつりがでます」
これから買おうとしている本の値段を調べないで行列に並んでいるのだが、1000円でおつりが出るということは900円なのだろうか。あるいは800円か。いや980円かな。
行列はスムーズに進んでいき、自分の番がきた。
売り子の方は、キツネのお面をかぶっていた。
きっとこの人がこだまさんなんだろうけれど、実はこだまさんと思わせておいて全然違う人だったら面白いなと思ったけど、やっぱりこだまさんなんだろう。
そしてもう一人、シュっとした青年がいた。合同誌の参加者なのだろう。全然関係ない人だったら面白いのに。
うちの「趣味の製麺」サークルは、たまに製麺と関係ない友人が売り子をしていて、私が出歩いているときとかに製麺機について聞かれて、もごもごしているらしい。
こだまさんらしき方に1000円札を渡しつつ、一言だけ挨拶をさせていただく。
こだまさんらしき方の声は、狐のお面越しだからか、なんだかマイクを経由しているように籠って聞こえた。こだまさんは諸々の用心のためにちょっと離れたところからこの場を見ていて、お面についたスピーカー経由でしゃべっているのかなと思った。あるいはロボット。
そして本、チョコレート、そして何か念がこもっていそうな、まるで賽銭箱に10年間眠っていたような、古びた五円玉を手渡された。
なんか、内面からすごくこぼれている表紙だった。
そして謎の五円。良いおまけだなと思った。
会場を一周して本を何冊か購入。帰り際に高石さんとご挨拶ができた。
「……五円玉ありませんか? ご縁がありますようにって急に決めたので、おつりがちゃんと用意できてなくて」
ここでようやく、「でも、こぼれた」の値段が995円で、おつりが5円だったのだということに気が付いた。チョコと一緒にもらったので、サービス的なものかと思っていた。そうか、おつりだったのか。
財布を確認すると、さっきもらったのを含めて3枚の五円玉があったので全部渡す。きっと私のご縁も回るのだろう。高石さんにお金は大丈夫ですと断ったが50円玉をいただいた。35円儲けた。
「5円でご縁とか、かっこいいことをしようとすると、だいたい失敗するんだよ」
腕組みをして笑っていた坊主頭の男性は、爪切男さんだった。
はい、フィクションでした。
で、さっき本を読み終えたんですが、すごく良かったです。この感想はフィクションじゃないです。最近、活字をあまり読んでいなかったんだけど、紙に印刷された文字はやっぱりいいです。
でこ彦さんという、失礼ながら私が存じ上げていない方の書かれた「係長とインドのなぞなぞ」という、何を期待して読んだらよいのかわからない作品でこの本は始まるのだが、緑色のミサンガ、いちごみるく味の魚肉ソーセージ、無印良品のノートといった、その瞬間の情景をはっきりとイメージさせる単語が挿絵のように組み込まれていて、己のセンシティブな内容を書き上げたことに対する照れ隠しのように、ふわっとしたタイトルがつけられているんだなと勝手にガッテン。私小説なのか空想なのかは全然わからないが、これで完全フィクションだったら最高。
すげーなーと思いながら、餅井アンナさんの「猫の金玉」、こだまさんの「ミヤケの身の上話」、僕のマリさんの「健忘ネオユニバース」、レンタルなんもしない人さんの「なんもしなかったレポート(ロング)」、そして高石智一さんの「ふぞろいのパーティ」と一気に読み終えた。いやー、すげーなー。こぼれてるなー。
「でも、こぼれた」は午後早めにすべて売り切れたようだ。もちろん参加作家への信頼があってこそなのだろうが、写真も挿絵もない純粋な文章だけの同人誌がちゃんと売れている。
文学フリマってこういうイベントなのかと、今更ながらに納得をした。
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