※『地球のココロ』というクローズしたサイトで、2011年3月2日に掲載した記事の転載です。
友人のカメラマンからザザムシ漁の最盛期だから取材にいかないかといわれた。前から不思議だったのだが、なぜ長野の人は今でもわざわざザザムシを食べるだろう。その答えが知りたくて、天竜川までいってきた。
ザザムシを食べるのは長野県でも伊那地方だけらしい
ザザムシ漁をみるために長野までやってきたのは、一年で一番寒い時期の2月4日。ザザムシ漁は漁協の管轄ということなので、まずは天竜川漁協にいって情報収集。
同行カメラマンの友人である漁協のIさんによると、ザザムシというのはザザザザと水が流れるような、浅くて石がゴロゴロした川にいる虫の総称で、その正体はトビゲラの幼虫(クロカワムシ)やカゲロウの幼虫(カワゲラ)など。私にとっては食べ物ではなく釣りのエサだ。
ザザムシを食べるのは長野県でも中央アルプスと南アルプスに挟まれた天竜川沿いにある伊那地方(伊那谷と呼ばれている)のみで、流通の悪かった時代には「冬場の貴重なタンパク源」として各家庭で獲ってきて、家で料理して食べていたそうだが、さすがに今はあまりおこなわれていないらしい。ちなみに伊那はイナゴやハチノコ、カイコなどを食べる文化もある、日本有数の昆虫食地帯なのだそうだ。
わざわざ各家庭で各家庭で獲らなくなった代わりに、今度は漁師が獲るようになったのだが、ザザムシ漁をしていいのは漁協の組合員で、かつ獲るための鑑札を購入した人のみ(家庭用に器具を使わず箸でつまむ程度なら鑑札なしでOKだそうです)。海におけるウニやアワビよりちょっとゆるいくらいの扱いである。
ザザムシ漁、地元では新聞に出るほどの風物詩らしいです。
漁師が獲るということは、それだけ商品価値があるということ。今だったら代わりとなるタンパク源なんていくらでもありそうなのものだが、このあたりでは今でもザザムシを佃煮にしたものが高級珍味として流通しているのだ。
昭和の頃までは年間10トン以上の水揚げがあり、ザザムシ漁で車を買ったなんて人もいたそうだが、今は河川工事によって護岸がコンクリートになってしまったり、温暖化で水温が上がった影響などでだいぶ減り、獲る漁師もいなくなったため、年間で数百キロ程度になってしまった。
減ったとはいえ、いまだにザザムシを獲る漁師がいて、ほぼ伊那だけで何百キロものザザムシを消費しているのだ。なぜ伊那の人はそこまでザザムシにこだわるのだろう。
ザザムシの脂が乗る時期は冬
実際のザザムシ漁を見るために、Iさんと一緒に小森さん宅にお邪魔させていただいた。小森さんが漁としてザザムシを獲るようになったのはここ数年。漁師といっても本業は別にあるため、獲ったザザムシはほとんど佃煮にして人にあげてしまう道楽漁師だそうだ。
我々も来て早々に自家製ザザムシの佃煮を勧められた。ザザムシの取材なんだから、まあそうだよね。私はこの時がザザムシ初体験だった。
右から小森さん夫妻と漁協のIさん。
ザザムシの漁期は12/1から2月末と決まっているのだが、小森さんの話によるとザザムシは1月末から二月頭くらいの一番寒い時期こそ身がしまり、脂が乗ってうまいらしい。脂の乗った虫、意味がまったくわからない。
伊那の方には失礼な話だが、ザザムシに対して味へのこだわりがあるとは思わなかった。冬に獲るのはほかに動物性タンパク質が少ないからだけの理由かと思ったら、食べておいしい旬だからという理由もあったのか。
やっぱりまずは食べてみないと話にならないですよねー。コーヒー with ザザムシ。
獲ってきたザザムシは砂を抱いているため、お湯に入れて砂を出す。それを二回やったのちに手作業でゴミをすべて取って、醤油、みりん、酒などで味をつけ、じっくりと煮詰めてようやく完成。
小森さんの話を聞いていると、ザザムシを食べるためにどれだけ手間をかけるのだと驚いてしまうのだが、近所の人たちは小森さんがザザムシを持ってきてくれるのを心待ちにしており、とても喜んで食べるのだそうだ。
でかいのはマゴタと呼ばれるヘビトンボの幼虫。これが好きな人も多いそうだが、どうも風の谷のナウシカを思い出してしまう。
ザザムシの味は?
さて肝心の食べてみた感想だが、まず噛んだら脂がジワっと染み出てきてびっくりした。なるほど、今が一番の旬だけあって、確かに脂が乗っている。
その味はいわゆる佃煮の味が基本なのだが、その芯にはワカサギやアサリなどの佃煮では絶対に味わえない独特の昆虫風味がデーンと鎮座している。わかりやすくいうと、イナゴの佃煮のお腹の部分を集めたような味なのである。ってわかりにくいかな。
「これをつまみに日本酒を飲むと最高だよ」と小森さんは笑うが、確かに好きな人がいるのがわかる味わいだ。栄養をとるためのものというよりは、あきらかに嗜好品の範疇だろう。
この味が好きな人の中には、塩で煮てザザムシ本来の味を楽しんでいる人もいるらしい。食通が天麩羅を塩で食べるみたいな話なのだろうか。
奥はカメラマンの坂さん。特別な味ではないけれど特殊な味ではある。
小森さんの世代だと子供のころから当たり前のようにザザムシを獲って食べて育ってきたというのはなんとなくわかるのだが、この日の夜に飲み屋で出会った私と同世代の人も、ザザムシを箸でつまんで獲ってきて、家で料理して食べるという一連の行為が、家族で遊べる楽しいレジャーだったといっていた。だから今でも食卓に並んでいれば、普通に食べるのだという。
ザザムシ獲りというとその文化がない側からすればとても特殊に思えてしまうのだが、本来は山で山菜採りやキノコ狩りをしたり、海で潮干狩りやハゼ釣りをすると変わらないものなのかもしれない。
ザザムシ漁にやってきた
ザザムシの味を知ったところで場所を天竜川へと移し、実際のザザムシ漁を見せていただくことにした。それにしても今日は長野の二月とは思えない、雪のない穏やかな天気だ。
天竜川のザザムシ漁は「虫踏」という独特の漁法で、棒のついた四手網、歯のついていない鍬、長靴に取り付ける「ガンジキ」と呼ばれる金具、重ねられた金ザルなど、この漁でしか使わない特殊な道具によっておこなわれる。
ザザムシをとるためだけに、ここまで道具が洗練されているという事実に、伊那の人のザザムシへの熱い思いがビンビンと伝わってきた。
これが天竜川のザザムシ漁ファッション。一見畑仕事っぽい。
虫を踏むのに許可がいるのです。
場所は石がゴロゴロしていて、水がザザザザと流れている川。
鉄工所に頼んで作ってもらったという特注の虫踏みブーツ「ガンジキ」。
石の裏にはザザムシがいっぱい
ザザムシは川にある石の裏についている虫。試しにその辺に転がっている石をひっくり返してみたら、さっそく何匹ものザザムシがへばりついていて腰を抜かしそうになった。
渓流釣りをするときはエサの虫獲りに苦労するものなのだが、この川のザザムシ埋蔵量は相当なもの。河川工事の影響でだいぶ減ったとはいうが、こんな虫の多い豊かな川ははじめてだ。これだけザザムシがいるからこそ、伊那の人がこれを獲って食べようと思ったのだろう。
それにしても、私はさっきこれを食べたのか。うわあ。
その辺の石をひっくり返したら、いきなりたくさんいてびっくりした。なるほど、「昔は箸でつまんで獲った」という意味がよくわかった。
虫踏漁の方法
ザザムシを獲るための虫踏漁は、まず川の下流側に四つ網をつっかえ棒で斜めになるように構え、その上流で刃のついていない鍬を使って石をひっくり返して、石の裏をガンジキでゴシゴシと文字通り「虫踏み」をする。
これによって石からはがされた虫が流されて、セットされた網へと入っていくという、石の裏の住む虫を効率的に獲ることができる、よく考えられた方法だ。
なかなかの重労働。今日は温かいからまだいいけれど、寒い日はきつそうだ。
ガシガシと虫を踏む。まさに虫踏み漁ですね。この漁が楽しくて仕方がないらしい。
ギャー。コロンと丸まったザザムシ達。一日がんばって1~2キロ程度の水揚げだそうです。たったそれだけとも思うが、そんなに獲れるのかとも思う。
ここで獲れるザザムシの種類は、圧倒的に多いのがクロカワムシで、たまに大物のマゴタことヘビトンボ。そしてごく少量だがカワゲラが網に入る。
昔はこの普通っぽいヴィジュアルをしているカワゲラが一番多かったそうだが、環境変化の影響なのかいつのまにかクロカワムシばっかりになってしまったそうだ。ザザムシというくくりでは一緒なのかもしれないが、なかなか大胆なすり替えである。
左が一番多いトビゲラ、右がマニアに人気のマゴタことヘビトンボ。ワシャワシャワシャワシャ。
昔はこのカワゲラが一番多かったそうだが、今ではごく僅か。これならイナゴを食べるのと変わらないかな。
右からザザムシを獲る人、写真を撮る人、転ぶ人。
ちょっとやらしてもらったのだが、潮干狩りに似た楽しさがある。なるほど、これは夢中になれる。私がここで定年を迎えたら、絶対にやるな。
何重にもなったザルに入れておくと勝手に下に潜っていくので、ゴミを残してザザムシだけが網に収まる仕組み。
ザザムシの加工・販売をしている店にやってきた
次にやってきたのは、地元漁師からザザムシを買い取って佃煮にして販売している産直市場グリーンファームという直売所。高速道路のパーキングエリアや道の駅と違って、主に地元の人が通う店である。
ここでは地元の野菜などと並んで、サナギ、ハチノコ、ザザムシなどの伊那特有の食材が当たり前に売られていて、とてもよく売れているそうだ。
道の駅よりも地域密着な産直市場グリーンファーム。
ザザムシ、サナギ、イナゴ、ハチノコなどの虫料理が揃った伊那らしい店。
この店の会長の話だと、やはりザザムシなどの虫料理は地元の人や帰省客が自宅用やちょっとしたお土産用に買っていくようだ。ザザムシは東京あたりでいう和菓子とかケーキみたいな扱いなのだろうか。長野以外からたまたまきた人が買うことはまずないそうだ。
「虫だからなあ」と笑う会長さん。
確かに虫ですからねえ。
グリーンファーム会長の小林さん。
「ザザムシはどこの川にも多少はいるだろうけれど、食べるのはここ伊那だけなんだよね。特別これはうまいっていうものではないけれど、元々人類はこういうものを食べてきたんだなという本能的な哀愁があるんじゃないかな。現代っ子はあまり食べないだろうね。でもうちの孫は好きでねーっていう人もたまにいる。伊那の遺伝子は健在です。虫を食べる文化がなくなることはないですよ。」
このあたりでは山菜やキノコ、ハチノコやイナゴなどを季節にあわせて収穫して食べる文化が根付いているのだが、その中でもザザムシ獲りはちょっと高級感があって、ステータスを感じる遊びなのだそうだ。
ザザムシは三日煮続ける
加工の様子も見させていただいたのだが、ザザムシの佃煮はそれなりに長い時間(4時間くらい?)煮るのだろうなという予想はしていたのだが、この店ではその予想を大きく上回る驚異の三日煮込み。ヒタヒタだった煮汁がまったくなくなるくらいまで弱火で炊き続けるのがコツらしい。
毎日大鍋でザザムシやイナゴを煮ているそうです。
大鍋に二日目のものと三日目のものがあったのだが、二日目はまだオリジナルの色を感じさせてくれるが(といっても元が茶色だけど)、三日目ともなるとヒジキのように真っ黒だ。
こちらが二日間煮詰めたザザムシ。
こちらが三日間煮続けたザザムシ。ここまで煮詰めないとダメらしいぞ。
さすがにここまで煮詰める必要なんてないんじゃないかと試しに二日目のザザムシ(カレーみたいな表現ですね)を食べさせてもらったところ、クラっとくるほどにザザムシ。口の中ではっきりと主張する虫の味。虫のお腹の中の味がするよ。
ごめんなさい、二日目のザザムシはハイブロー過ぎました。
一度小森さんの家でザザムシを食べて大丈夫だったので油断していたところがあったのだが、これはなかなか強烈である。同行したカメラマンは「僕はこれくらいクセのあるのが好きですよ」といっていたので、好みや慣れの問題といえばそれまでなのだが。
会長は酒が欲しくなる味でしょうというが、確かにザザムシを食べた後に味のしっかりした黄色っぽい地酒を飲んだらさぞうまいだろう。ホンオフェという韓国の臭いエイ料理にマッコリが合うのと同じ理屈か。
「ほら、高級なものなのだからそんな顔しないで、おいしそうな顔しなさい。」
続けてドキドキしながら三日目のザザムシを食べさせていただいたところ、これは安心の味だった。一般的な食べ物としての完成度が高くなっている。生産者を前にして食べるのに助かる味だ。後味はやっぱり虫だけど。
ただこれに馴れてしまうと、食通がだんだんと臭いチーズを欲しがるように、もっとクセの強い二日目のザザムシみたいなのが食べたくなってくるような気もする。
私でも三日目なら大丈夫!
ザザムシを食べるのは食文化
今回の取材を通して、その土地の味覚は文化そのものであるということが実感としてよくわかった。
ザザムシを食べるという行為は、食べるものが他にないからという単純なのものではなく、「冬場の貴重なタンパク質」であると同時に、そこに収穫する楽しみがあったり、それを時間を掛けて調理することに一種の達成感があったりと、昨日今日の流行りに流されることのない喜びと営みがある。そういう「思い」があるからこそ、今でも伊那の人は買ってまでざざむしを食べるのだと思う。
とりあえず、よその人が「虫を食べるなんて」と、眉間にしわを寄せてとやかく言うべきものではないということだけは確かなようだ。
ザザムシに対する「思い」がないので、自分で買ってまで食べようとは思わないが、買って食べる人がいても変に思わなくなった。
このザザムシの話も書かれている私の著書『捕まえて、食べる』、よかったら買ってね!