私的標本:捕まえて食べる

玉置標本によるブログ『私的標本』です。 捕まえて食べたり、お出かけをしたり、やらなくても困らない挑戦などの記録。

エゾシカの熟成肉を自分で捌いて食べる会

※『地球のココロ』というクローズしたサイトで、2014年2月5日に掲載した記事の転載です。

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熟成されたエゾシカの肉を、自分の手で捌いて食べるという集いに参加してきた。

エゾシカの熟成肉を食べる集い

最近は「熟成肉」あるいは「ドライエイジング」と呼ばれる、冷蔵庫で数週間寝かせた肉が流行っていて、熟成肉を食べさせる専門のレストランなども続々オープンしているようだ。

ぜひ私も食べたいなと思っていたところに、ちょうど熟成肉を食べる集いのお誘いを受けた。ただその肉は、牛の熟成肉ではなく、北海道で猟師が仕留めたエゾシカなのだという。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234452j:plainえ、エゾシカ?

ちょっと意外な展開ではあるが、牛の熟成肉やフレッシュなエゾシカなら今後も食べる機会があるだろうけれど、熟成されたエゾシカの肉を食べるチャンスなんてめったにないので、もろ手を上げて参加させていただいた。わーい。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234510j:plainここがその会場らしい。

エゾシカの熟成肉を食べる集いの開かれた会場は、特定非営利活動法人伝統肉協会が営む「エゾシカフェ」。ここは毎週金曜日にだけエゾシカフェとして営業されており、伝統肉協会で扱っているエゾシカの肉が食べられるという隠れた人気店。

通常は店長の作るエゾシカ料理をいただく普通の(普通じゃないが)カフェだが、今日はこの店を有志で貸り切って、ドカンとまとめて購入したエゾシカの熟成肉を食べながら、ハンターでもある店長との会話を楽しむといった特別営業らしい。

実はエゾシカフェに来るのも初めてだし、面識のない方からのメールでのお誘いだったので、あまり詳しい話は把握していなかったりする。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234527j:plainなるほど、エゾシカフェだ。

自分たちの手で肉を捌く

その存在を知らなければ絶対に一人では入れなそうな雰囲気を醸し出している店の扉を緊張しながらそっと開けると、テーブルの上にドーンと「なにか」が置かれていた。

こういう場面、刑事ドラマとかで見たことがあるぞ。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234540j:plainテーブルに置かれたビニール袋に包まれた「なにか」。

この時点でだいたい理解はしたのだが、一応この「なにか」がなんなのかを確認をしてみると、やっぱりこれが今日食べるエゾシカの肉だった。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234553j:plain包みを開けると、そこには肉の塊が。

すごい、すごい、すごい。こんなに大きな肉の塊は初めて見たかもしれない。

この肉を使ってこれから黒魔術の儀式を行うとかいう怪しい話ではなく、この塊を自らの手で捌いて、それを食べるというのが今回の趣旨なのだそうだ。

そういえばいただいたメールに、そんなことが書いてあったような気もする。

肉は「切る」のではなく「剥がす」もの

この肉は12月29日に北海道日高市の静内という地域で、ハンターのライフルによって仕留められたもの。推定5歳の牝のエゾシカだと添付の保証書に書かれている。

用意されたのは、その背中から脇腹にかけてと、右の後ろ足だ。枝肉(内臓や皮をとった状態)の四分の一匹分といったところだろうか。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234608j:plainエゾシカに個体識別番号や保証書なんてあるんですね。

今日が1月17日なので、仕留めてから19日間も熟成させた肉ということになる。すぐに血抜きなどの処理をしたエゾシカを、熟成させるための専用の冷蔵庫でじっくりと寝かせることで、フレッシュな肉とは違う旨味を味わうことができるらしい。

北海道で増えすぎているエゾシカの問題については後日またゆっくりと話を聞かせていただくとして(今日はこの状態から捌いて調理して食べるまでで時間がいっぱい)、今回はとりあえず肉を切り分ける方法の一端と、熟成させたエゾシカの味だけでも、しっかりと覚えて帰りたいと思う。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234807j:plain肉の表面は黒ずんでいるが、断面は鮮やかに赤い。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234649j:plain素人目にはどっちが前かすらわからない。

全員がよく手を洗ってから、用意していただいた鋭利な包丁で、部位ごとに肉を切り分けていく。私も魚介類ならよく捌くけれど、まだ哺乳類には手を出したことがないので、久しぶりにドキドキするほど新鮮な体験である。

仕留めてからこの状態にするまでが本当は一番大変なのだろうけれど、ここから先の工程も、ズブの素人にはどうしていいのかわかならないので、十分勉強する価値はある。

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捌き方を指導してくれるのは、伝統肉協会の会長でありエゾシカフェ店長の石崎さん。

店長の石崎さんによると、肉の解体とは、「肉を切る」のではなく、「肉を剥がす」作業なのだとか。

実際にやってみるとよくわかるのだが、肉と肉の間には膜があって明確に部位が分かれているので、包丁を使うのはそこを分けるきっかけを作る程度でよく、上手にやると手で引っ張るだけで綺麗に剥がれていくのだ。

「肉の部位」というのはこういうことなのかと、肉を剥がしながら実体験として学習させていただいた。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234850j:plain皮側についた脂身が、薄い膜を一枚を残して、ペリペリと素手で剥がれていく。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234829j:plainみんなで交代しながらエゾシカを捌いていく。大人の調理実習だ。

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この膜の間に指先を入れると綺麗に剥がれるので、ソトモモもさらに部位に分けることができる。

肉を部位ごとに解体したら、筋や脂などを切り取る「掃除」の作業をしていく。

これがなかなか難しくもあるのだが、なるべく肉に傷をつけないように掃除することが自分の性に合っているような気がして、黙々とやらせていただいた。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234910j:plainこの作業だったら、ずっとやっていられる気がする。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234926j:plain肉を剥がされた立派なアキレス腱。

エゾシカの熟成肉は抜群にうまい

みんなで捌いたエゾシカの熟成肉は、スタッフの方に切りそろえていただき、自分たちでどんどん焼いて食べていく。エゾシカの肉とワインだけの宴会がスタートだ。

こういう特別な集いだからこそ、部位ごとの味の違いを確かめられるのがうれしい。その違いが判る自信はないのだが。

f:id:tamaokiyutaka:20190310234954j:plainステーキ用に仕上げていただく。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235009j:plainこの色の深さが熟成肉の証だろうか。

エゾシカの肉は焼き方にコツがあり、たっぷりのオリーブオイルを使って弱火で肉をじっくりと温める「アロゼ」という焼き方がベストとのこと。味付けは塩と胡椒のみ。

ジューっとはいわない油たっぷりの冷たいフライパンに肉を並べて、時間を掛けて弱火で焼いていく。強火で焼いてしまうと、肉が一気に縮んでしまうそうだ。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235026j:plainたっぷりのオリーブオイルと弱火がポイント。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235039j:plain事前に用意されたシカ肉のパテをいただきながら焼き上がりを待つ。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235104j:plain切り口がほんのりと赤いレアに焼き上がった。

まず食べたのはロース肉。まずとても柔らかいことに驚いた。クセはないけれど、良い意味でのワイルドな味がする。鉄分が多いためか、どことなくレバーっぽい風味がする。

そして、とにかくうまい。

びっくりするくらいうまい。

仕留めてから数日のフレッシュな肉も、それはそれで美味しいらしいが、長時間熟成をさせることで、これほどの旨味と柔らかさへと肉が育っていくのだそうだ。

そしてこの抜群にうまい肉を、部位ごとに次々味わえる幸せ。やはり来て正解だった。

文字通り、じっくりと幸せを噛みしめさせていただこう。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235125j:plainジワジワと火が通ってまいりました。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235138j:plainモモ肉はレバーっぽさがなく、羊の肉に似ているかな。そして超うまい。

同じモモ肉でも、膜を一枚隔てた別の部位だと、また微妙に歯ごたえや味わいが確かに違う。なんだか肉料理の奥深さにちょっとだけ足を踏み入れた気分。

その味の違いを細かく伝えるだけの、舌と文才と記憶力はないけれど。まあ、とにかくうまいんですよ。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235150j:plainエゾシカのソーセージもワインに合う。

エゾシカは脂身もおいしい

調理方法にちょっとコツがいる肋骨の部分(スペアリブ)は、石崎さんに調理していただいた。

まずしっかりと湯がいて余計な脂と臭みをとってから、濃い目の味付けで煮込んでいく。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235201j:plainエゾシカのスペアリブは石崎さんに料理していただいた。

短時間でパパパと手際よく作ってもらったのだが、これは先ほどの赤身100%のステーキとは違って、エゾシカの脂身の甘さが素晴らしかった。

この料理は肉じゃがにおけるジャガイモくらい脂身が多いのだけれど、この脂肪の塊が口の中でふわっととろけるのである(ダメな人はダメだと思うが)。

エゾシカの脂は凝固点が高いため、冷めるとすぐに固まってしまうので、なかなかお店では料理として出しにくいそうだが、この脂が持つ独特の甘さはクセになりそうな味。体が芯から温まりそうだ。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235215j:plain骨の周りの肉もまたうまいが、個人的には脂に惚れた。

自分の手を実際に動かして学ぶことで、肉を捌くということの意味が少しは理解できたような気がする。今後は「シカの脚が一本余っているんだけれどいらない?」とか、「イノシシが獲れたんだけれど遊びに来ない?」といった誘いにも、揺れない心で応じていけると思う。

家でもおいしくいただきました

さてその場で食べ切れなかった肉は、みんなで分け合って持ち帰ったのだが、私は少々の肉と一緒に、残っていた骨や筋を全部もらってきた。勇気を出してこれをもらわなかったら、一生後悔していたことだろう。

こいつを一度下茹でをしてから、ショウガとローリエを入れてじっくりと煮込む。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235227j:plainとりあえず下茹でをして、アクを出しきる。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235239j:plainそして一度洗ってから、新しいお湯でじっくりと煮込む。

パスタ用の大きな鍋一杯に入ったエゾシカの煮込みは、味を変えながら一週間マタギ気分で食べ続けさせていただいた。

肉もスープも野性味はあるが臭みはなく、どう料理してもおいしかった。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235256j:plainシカのダシは味噌を溶いただけで最高のスープになる。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235307j:plainスネ肉も簡単に箸でほぐれる柔らかさになった。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235318j:plain極太の自家製麺にも負けないエゾシカのスープで作った味噌ラーメン。

f:id:tamaokiyutaka:20190310235332j:plain冷えると脂の層が1センチ以上浮いてくるよ。

とにかく、エゾシカの熟成肉はおいしかった。また何度でも食べたい肉だ。

エゾシカなんて臭そうだとか、硬そうだとか、わざわざ食べるもんじゃないとか、そういった先入観をすべてなくして、一度食べてみてほしい。

このエゾシカの素晴らしい味を知ったところで、またエゾシカの肉を食べながら、今度は伝統肉協会の立場から、エゾシカを狩猟しなければならない意味を、じっくりと教えていただこうと思う。

【参考サイト】
エゾシカフェ
伝統肉協会

 


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