私的標本:捕まえて食べる

玉置標本によるブログ『私的標本』です。 捕まえて食べたり、お出かけをしたり、やらなくても困らない挑戦などの記録。

佐渡の「へんじんもっこ」の生サラミを教えたい

※『地球のココロ』というクローズしたサイトで、2011年9月26日に掲載した記事の転載です。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030348j:plain

佐渡島に「へんじんもっこ」という、生肉を乳酸菌で発酵させた、ドイツで食べられている生サラミをつくっているお店があるのだが、これが人に教えたくなる味なのだ。なので教えさせてください。

衝撃だった「へんじんもっこ」の生サラミ

私が「へんじんもっこ(お店の名前です)」の存在を知ったのは、佐渡生まれの友人、エアギタリストの宮城マリオさんがきっかけ。数年前に土産として、「たまとろサラミ」というネギトロみたいな生サラミを持って来てくれたのだ。
サラミというと、カチカチに干された脂の多いソーセージという印象だったのだが、へんじんもっこの生サラミは全くの別物。豚肉なのに見た目は生肉そのもの。初体験のフワフワした食感に、その場の全員がビックリ仰天。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030423j:plain
これが、へんじんもっこのたまとろサラミ。サラミなのにふわふわしている。

どこのお土産かと聞けば、なんと佐渡島。なぜ佐渡島で生サラミ。この味が忘れられず、佐渡島にいく機会があったら、ぜひ一度立ち寄りたいと思っていたのだ。

そしていろいろ偶然が重なって、へんじんもっこを教えてくれた宮城さんと佐渡島に旅行へいくことになったので、一緒に話を伺ってきた。

佐渡産の材料は何も使っていない佐渡名物

まずお店にいって驚いたのが、そのお店らしくない外観。一歩中へ入っても、そこにソーセージやサラミが並んでいる訳でもない。へんじんもっこは看板こそ出ているけれど、その存在を知らなければ絶対に立ち寄ることがないという、知る人ぞ知る存在のようだ。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030444j:plain
知らなければ絶対に入ろうと思わない店構え。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030502j:plain
お店に入っても、「あれ、事務所かしら」と帰ってしまう人多数だとか。

「うちで使う素材、佐渡産のものっていうのは、ひとつも使っていないんだわね。」

話を伺ったのは、渡辺慎一さんと、奥さんの朝美さん。へんじんもっこは佐渡島にあるので、佐渡島の食材を使ったソーセージやサラミなどを作っているのかと思ったら、どうやらそういう訳ではないらしい。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030519j:plain
渡辺慎一さん

「材料の豚肉は、主に「つなんポーク」といって、米で有名な魚沼の近くで作られている豚肉を使っている。牛肉はなるべく脂身が少ないものを使いたいのでオーストラリア産。岩塩や香辛料、ケーシング(ソーセージやサラミを詰める袋)なんかは、ほとんどがドイツ。じゃあなにが佐渡産なのっていうと、人間だけだった。これはある人にいわれて気がついたんだが、ここっていうのは、資源のない日本が、外国に向けて技術を売り物にして加工貿易をしているのと同じ存在なんだよな。」

f:id:tamaokiyutaka:20180210030537j:plain
渡辺朝美さん

「文字にできないコツみたいなものがあるから、同じもので同じ人が作っても、絶対に同じ味にはならない。この人が触ると、不思議とお肉がおいしくなるんです。」

食肉加工に対する情熱や意気込みはもちろん、独自の確かな技術と理論、さらに佐渡の気候風土が加わって、へんじんもっこの味ができあがっているようだ。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030601j:plain
大量生産ができないので、品切れが多いのでご注意を。

へんじんもっこの歴史

佐渡の食材を使っている訳でもないのに、なぜ慎一さんはドイツが本場であるソーセージやサラミを、わざわざ佐渡で作るようになったのだろう。

「私の父親は三男で末っ子。当時は精一杯の生活だったから、たくさんご飯が食べられるところに養子に入りたかった。
それで農家をやっていた子供のいない渡辺家に養子に入ったんだけど、入ってみたら米作りだけでは生活できなかったから、鶏を飼って卵を農協に出荷したり、卵を産まなくなった鶏の肉を売るようになった。そこから肉屋になったけれど、スーパーが出てきて、ただの肉屋じゃ厳しい。じゃあなにをしようかというときに、日本の肉屋はほとんど生肉を売るが、ドイツの肉屋というのは七割が加工品を売っているというのを聞いたんだ。ソーセージを作れる肉屋なんてかっこいい!ってはじめたのが30年前。本当は佐渡じゃなくて東京だったらもっとかっこよかったんだけどさ。」

f:id:tamaokiyutaka:20180210030621j:plain
買って食べてみたのだけれど、この一見普通のソーセージがうまいのです。

「この人は太陽光発電をかなりはやく導入したり、パソコンを買ってみたりと、新しいものが好きだから。そして先生を持たずに、自分でやってみて成功したい人。人から習うのは性に合わないの。」

当時はどうにかソーセージのレシピが手に入るけれど、それは文字ばかりのもの。肉を食べる文化の中で育ったドイツ人なら、書かなくてもわかるようなところが抜けているため、試行錯誤の連続。自分が作っているものが正しいのかを確かめるために、何度もドイツへといっているそうだ。

しかし、おいしいソーセージができても、佐渡ではすぐに売れなかった。

「佐渡は海のものも山のものも、なんでもうまい場所。ソーセージやサラミなんて、ご飯の上に乗せて食べるものじゃないから、売れるようになるまで20年掛ったのよ。」

佐渡の人が買いに来るようになってくれたきっかけは、本場ヨーロッパのコンテストに出場して、見事優勝したことから、新聞や雑誌、テレビで取り上げられるようになり、それを見た関東にいる佐渡出身の人、佐渡にゆかりのある人が、佐渡の人に「こんなソーセージ屋があるから買って送って」と、お願いしてくれたことが大きいそうだ。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030656j:plain
ヨーロッパのコンテストで獲得した、優秀な職人に対して送られるトロフィーが多数。

「最初はソーセージを発泡スチロールの箱に詰めて行商もしましたよ。佐渡では商売にならんと思ったこともありましたが、異文化の食べ物を勧めようとしているのだから、評判を聞いて来てくれた人に対しては丁寧に説明して、どんなものかわかってもらったうえで買ってもらい、気にいってもらったらお友達にも勧めてもらう。そういう口コミが一番大切なんです。」

「物事を愚直にやりつづける事。あとは運と愛嬌だけですよ。」

私がへんじんもっこを知ったのも、宮城さんが自分で食べておいしいと思って、私に勧めてくれたから。そして私も誰かにこの存在を教えたくなって、この記事を書いている。人に教えたくなるだけの魅力が、ここの商品には確実にある。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030713j:plain
たまとろサラミにブルーチーズを乗せて食べるのが私のオススメ。

乳酸菌発酵でつくる生サラミ

ソーセージ作りからはじまったへんじんもっこだが、現在は私もびっくりした生サラミに力を入れている。

生サラミというのは、宮城さんが食べさせてくれた「たまとろサラミ」だけではない。本場ドイツの製法では、生肉をケーシングに詰めて乳酸菌発酵させたサラミが一般的で、それを乾燥させたり、燻製したり、白カビをつけたりしているけれど、あくまで熱は加えていない。なので、それらは全部が生サラミ。

サラミが発酵食品であるということ、白カビをつけたサラミがあるなんていうことを、恥ずかしながら初めて知った。

「日本の発酵食品は植物性で、米と大豆と麹菌。ところがヨーロッパは、チーズ、ヨーグルト、サラミなど、動物性の発酵食品の文化。日本人には味のイメージがつかない商品が多いのよ。」

「ハムとかベーコンだったら、本当の煙を掛けているとか言われたら、普通のよりうまいかなくらいは味の想像はつくけれど、ヨーロッパの乳酸発酵させた本場のサラミといわれても、なにがなんだかわからないでしょ。」

f:id:tamaokiyutaka:20180210030735j:plain
クリームサラミなんていうのもある。これも食べてみたい。

イメージをチーズでたとえると、フレッシュなモッツァレラ、白カビをつけたカマンベール、スモークをしたクリームチーズといった感じらしい。製法としては、サラミとチーズはそっくりなのだそうだ。ただ、湿度の高い日本でカビをつけて熟成させるには、管理がとても難しい。

ソーセージよりも作りづらい上に味の説明がしづらい生サラミ、これを売り出したのは、平成5年に法律が変わって生サラミの販売が可能になったタイミングなので、記念すべき日本初となる。この頃にはもうソーセージなら新潟県下で誰でも作れるうようになっていたため、法の改正に合わせて前から研究を重ねていたのだ。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030752j:plain
初めて食べた貴腐サラミ(白カビサラミ)は、まさに生肉のカマンベール。

慎一さんの打った先手はそれだけでなく、高校を出たばかりの息子をドイツのミュンヘンへ修行にいかせて、独学では習得の難しい技術の勉強をさせてもいる。

「せがれが地元の高校を卒業すると、労働ビザでドイツで働きにいった。これは小学校4年のときに運命が決まっていたんだけどさ。私が二回目のドイツに行ったときに、ミュンヘンの食肉店に人のよさそうな社長と奥さんがいたので、うちのせがれがいま小学四年生だけど、高校を卒業したら使ってくれとお願いしてみた。別に問題ないよっていってくれたんで、子供に「おまえはな、高校卒業したらドイツにいくんだぞ」って刷り込んで。本人はそれを友達にいっちゃったから、もう引っ込みがつかないよね。」

目論見通り、東京にも一人でいったことのなかった息子の省吾さんは、ドイツの食肉店で働きながら職業学校で三年間学び、ゲゼレ(職人)という国家資格を取得。さらにその店で一年間働いた後、帰国をしてへんじんもっこの工場長を任され、新商品の開発に挑戦をしている。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030811j:plain
工場長となった息子の渡辺省吾さん

「でも、まだまだ息子は遠慮しています。この偉大な親父がコロっといったときに、思うように作りたいものを作るようになるんじゃないですか。」

ちなみに父親の慎一さんがヨーロッパのコンテストに出るようになったのは、ドイツへ修行に行った息子へのライバル心もあったのだとか。省吾さんも若くして2005年のドイツ食肉加工コンテンスで世界チャンピオンに輝いている。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030831j:plain
2005年ドイツ加工食品コンテスト優勝を果たしたのが省吾さん。

へんじんもっこという名前

最後になったが、誰もが一番気になっているであろう、へんじんもっこという名前の由来を聞いてみた。

f:id:tamaokiyutaka:20180210030847j:plain
サービス精神満点のインタビューでした。

「最初は「フレッシュミート渡辺」という普通の肉屋っぽい名前だったんだけど、途中で「へんじんもっこ」に変えたんだよね。「へんじん」は変人、「もっこ」は佐渡の方言。もともとは九州の「もっこす」という、信念を貫く、人に迎合しないという意味の言葉が、北前船と共に伝わったもの。それの「す」がとれて、「もっこ」という言葉が、頑固者、へそ曲がりという悪い意味で残った。これは俺の理屈なんだけど、「変人」も「もっこ」も、佐渡だとマイナスの言葉。でもマイナスとマイナスを掛けると、プラスになる。それで、「へんじんもっこ」にしたの。なんていう理屈をつけるとかっこいいなーって。」

f:id:tamaokiyutaka:20180210030908j:plain
この二人の掛け合いが最高におもしろかった。

「でも変人ももっこも、悪口でいう言葉だったから、銀行にいっても、銀行員が呼ぶのをはずかしがってたの。」

しかし、この20年でへんじんもっこの評判が広まると共に、もっこという言葉の意味も、いい意味の頑固者という風に変わってきたのだそうだ。

「ハラハラドキドキで生きてきたから、これより下のハラハラドキドキなんて、もう刺激が足りなすぎるんだ。」

「けど父ちゃんはハラハラドキドキでもいいけど、家計を支える側は大変だよね。」

へんじんもっこの味の秘密は、究極の家族経営にあるのかもしれない。

■有限会社へんじんもっこ
住所:952-0109 新潟県佐渡市新穂大野1184-1
電話番号:0259-22-2204
FAX番号:0259-22-2448
オンラインショップ:http://www.rakuten.co.jp/mokko/

 

 

 

Copyright (C) 私的標本 All Rights Reserved. by 玉置標本